月夜見

   “梅雨のはしりに”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

昔から“五風十雨”と言いまして、
五日毎に風が吹き、十日毎に雨が降るのは、
気候がようよう回っていて順調だということを差す言い回し。
日照りばかりや雨ばかりというのは、
人にも動物にも草木にもよくないという意味もあれば、
あんまり物凄いのも大変だが、
かと言って
風が吹かないのも雨が降らないのも
困りもんだぞよという言いようにも使われる。
このところの数年ほど、
台風は突発的要素だから数に入れないとして
そうしたとても秋の長雨が凄まじい威力なものだから、
いっそ秋にも
梅雨的な“雨季”を定めていいんじゃないかとするお声が、
聞かれたり致しますが。
そも“秋の長雨”って言いようが既にあるんだから、
それで用は足りてるんじゃなかろうか?


 ……などという、揚げ足取りはさておいて。


我らが“グランド・ジパング”は、
幕府のある地域とそうそう離れた南国でも北国でもないので、
一年を通じてほぼ均等に四季が巡り、
冬場には洗濯物が凍るよな風も吹けば、
景色を真っ白に覆う雪も降るし、
夏場には ある程度の臨界まで達すると夕立が襲うよな、
蒸し蒸しする猛暑もやって来る。
その狭間にも、季節の移ろいを知ろしめすものとして、
豊かな自然の佇まいを堪能出来るあれこれが訪のうては、
人々に“ああもうそんな時期か”と気づかせたり、
そろそろ暑いぞよ寒いぞよと用心させるのだけれども。

 「まったく降らないと先で困るのは判っちゃいるが、
  それでもこの時期の長雨はちょっとうんざりさせられるよね。」

始まりは春の雨にも似て肌寒いそれだったのが、
気がつきゃ お天道様も出ちゃいないのに
蒸し蒸しとしつこい暑さがやって来ていて、

 「うかーっとしてっと食いもんのアシも早くなってるし。」
 「え? 食べるものが走り出すのか??」

それはまた、おっかないような見てみたいような、と、
小さな身の丈にそぐう それは愛らしくも幼い風貌ながら、
一応は難しい医術を修めておいでのはずな、
トナカイの医師見習い、チョッパーせんせえが、
何を期待したものか、
つぶらな瞳をうるうると輝かせて板前さんへと聞き返しており。

 「違うって、チョッパー。
  気温が上がるうえに湿気が多いから、
  食べるものにも あっと言う間にカビが生えたりして
  傷みやすくなるって意味なのよ。」

お煎餅も湿気やすくなるのよねと、
ゴマしょうゆの草加せんべえを菓子鉢に盛ったのと一緒に、
香ばしいお茶を運んで来たナミが 苦笑しつつも説明を足しておれば、

 「なぁんだ。
  そんな不届きな食いもんが出たんなら、
  俺がお縄にしてやろうと思ったのに。」

どこから聞いていたものか、
こちらも風がぬるみ出したのでと
丈夫な晒布のから掛け替えられたばかりな縄のれんを掻き分けて、
ひょいとお顔を覗かせたのが、

 「親分さんだ。」
 「おお昼飯か、ルフィ。」

ここいらのご町内を、手配り…つまりは警邏の地域とされておいでの、
とはいえ、まだまだ年少な岡っ引きの親分が、
表情豊かな口許をにひゃりとほころばせ、
朗らかな笑顔でもって入ってくるところだったりし。

 「雨が降っても見回りとは大変だな。」
 「まぁな。」

今ンところはまだまだ、降っても大したことはない段階だけどよ、と。
今日も、まだ降り出してはない中を来たのだろ、
さして濡れてはない身を、手近な卓へと落ち着かせ。
まずは、今日の定食とカツ丼と肉うどん、と、
居酒屋の“とりあえず麦酒(ビール)”というノリで最初の注文を出してから、

 「そろそろ蒸すようになってくっからサ、
  外へ向いた障子やら表への戸口やら、
  ついつい長々開けとく機会も増えるだろ?」

あと、陽が暮れるのも随分と遅くなったから、
まだ明るいし…なんて油断して、
戸締まりの手順を後回しにしたまま
うっかり忘れるのもこのくらいからなんだよなと。

 「おおお。
  何か今日の親分、何かの師範みたいでカッコいいぞ?」

 「そか?」

黒々とした瞳をますますのことキラキラさせつつ、
憧れのこもった眼差しを向けてくるチョッパーせんせえへ。
まんざらでもなさげ、にっぱり笑ったまではよかったが、

 「やぁよ、今から大雨なんて。」

珍しいことや柄に無いことを言ったりすると…という
定番のツッコミをしたのが若女将のナミならば、

 「まさかに別人が変装とかしてんじゃねぇだろな。」

手際よく作った最初の一品、肉うどんを運んで来たサンジが、
塗りの盆ごと料理を膳台へ置いたそのまま、
空いた手でふわふかな頬をきゅうと摘まんで見せ、

 「ああ、そっか。
  親分の場合、日ごろも柔らかいし伸びるから、
  このやりようじゃあ、お面か生身か見分けるのが難しいや。」

変装なら剥がしてやるべえということか、
料理人の器用そうな指先で、
摘まんだそのままぎゅうと引っ張ってみたものの。
異様に伸びてもそれでの見立ては出来ねぇやなと、
苦笑をこぼした板さんだったりし。

 「らんがお。ふいにふいろ、ひゃんじ。」
  (何だよ。食いにくいぞ、サンジ)

他のときならいざ知らず、
さすがに“さあご飯だ”という間合いなのは許せなんだか。
客に何しやがんだと やや眇目になった親分の抗議へも、

 「まあまあ。魚は大きいのを焼いてるから。」

それで勘弁しなと笑いつつ、
今日の定食のメイン、アジの焼き加減を見なくちゃなと、
わざわざ見ずとも匂いや何やで判るくせして、
白々しくも厨房へ向かう板前さんの、しゃっきりした背中を見送りつつ、

 「ウチはそういうのには十分用心してるけど、
  雨になると客足自体が減るのが堪えるのよねぇ。」

くどいようだが、
オリジナルのアニワン版の設定は“江戸時代”だとは言っちゃあいない。
ウチでも、夏場に氷が出て来たり、
一膳飯屋のおしながきへ堂々と肉類が出て来たりしておりますが、
それでも一応は、動力や明かりへの“電気”は登場してないし、
素材にもビニールやプラスチックが出て来ない頃合いとしておりますので。
手元暗がりになるのを補うような
ちょっとした明かりもそうそう灯せはしなかろし、
火気はそもそも厳禁だろし。
濡れないようにという防水シートがあるでなし、
足場からすべって落ちては一大事というのと、
濡れた素材を踏み付けまくって傷めるのも何だということから、
大工や鳶職、土木工事などなどというガテン系のお務めは、
よほどの急ぎでない限り、雨が降ればまずはお休みとなるのが基本。
そうともなりゃあ外での昼食をとる人もがくんと減るので、
飲食店も閑古鳥が鳴き。
屋台をかついで商品を売り回る“棒振り”も、
一般家庭よりは そういう店屋やお屋敷が相手の商売なので、
売り上げはどっと下がるだろうし、
仕出しのように出来上がった商品を扱う商売だと、
準備からして減らしての、作業場などへは回らなくなるだろうから。
ご城下自体 一気にひっそりしてしまうという意味からも、
何とも気の滅入る時機の到来で。

 「そんなこんなで家にいる人は多かろに、
  それでも泥棒への用心は要るんだなぁ。」

留守ならともかくと言いたいか、
早めの食事はもう終えたらしいチョッパーが
あらためて感心半分の声を出せば、

 「まあな。
  そも、このご城下じゃあ
  厳重な戸締まりって習慣もあんまり徹底してねぇし。」

冬場は寒いし、夏の盛りは蚊が多いのでと、
そういう観点からの戸締まりや対策はあるものの。
よその家へこそりと忍び込み、
勝手に金品持ち出そうなんていう不心得者がいるなんてこと、
何より真っ先に用心しなきゃあとする気構えが、
残念と言うかお目出度いことにと言うか、
さほど徹底していないのも この藩の特徴だったりし。

 “何せ、ご城主様の政策が徹底してるから。”

いつぞやにも並べたことがあると思うが、
こちらの藩では失業対策や生活保護対策も万全で。
しかも、ただ金子を給付するんじゃあなく、
大雪が降れば雪下ろしの募集をし、
大水が出れば護岸工事の人夫を募集しと、
向いてそうな職を与えて給金を出し、
そのまま生活出来るように持ってゆくという、
至って健全な仕組みが出来上がっているがため。
生活に困ってという悲しい犯罪動機は、
ここ何年も滅多に見られないくらい。

 そうまで至れり尽くせりな
 はっぴぃな土地柄にも
 それなりの弊害はあるということか。

食うに困っての泥棒だの引ったくりだの、
すぐ身近に降って来そうな犯罪が少ないことから免疫が薄く、
戸締まりしなきゃあという危機感も薄いと来て、

 “そういう住人をいいカモだと思うような奴らが、
  よその土地からこそこそと入り込んで来るのへの対処こそ、
  増えつつあるのが現状だそうだしな。”

ほんのつい先週も、他でもないこの親分さんが
ゴムゴムの大技繰り出して取っ捕まえた、盗っ人一味がおったとか。
何人もの頭数の男衆らが、
大きな商家の板塀へヤモリみたいに背中から張りついて様子を伺い、
そのまま裏木戸をこじ開けてのずらずらと、
音なしの行進みたいにして、手入れのいいお庭へ入って行ったのへ、

 『いい大人がこんな夜更けに隠れんぼかい?』

そういや海の向こうの国じゃあ、
年の瀬の雪の中、神様のお使いだっていう爺様が、
家の人に気づかれねぇように忍び込み、
その年ずっといい子だった坊やや嬢ちゃんへ
ご褒美を配って回るそうだけどと。
明らかにそうじゃあなかろう、頬っかむりをした怪しい男ら呼び止めたのが、
夜回り中だったこちらの親分。
どひゃあと驚いたものの、相手は一人だ散らばれと、
四方八方へ逃げ出しかかったの、

 『こらこら、まだ話は終わっちゃいない。』

そこはゴムの特質使い、こちらもその手を四方八方へ、
目にも止まらぬ素早さで延ばしちゃ引きしての、次々にという掴み捕り。
引くときに そいやっと夜空へ向けて放り投げてったという、
やや乱暴なお手柄があったばかり。

 『観念した頭目から、
  千手観音みたいだったと言われたそうだが。』

だからってこともあって、それ以上は抗うことなく捕まったというに、

  ―― そんな罰当たりを言ってちゃいけない、と

同心の旦那から何でだか呆れられた顛末にこそ、
知己一同が爆笑したような、
何とも無難な格好で一件落着したからいいよなもんの。

 “手柄欲しやで、
  安穏としているところへ
  わざわざ火種を持ち込む“目付”筋もいないじゃないからな。”

死の天使っていうんですてね。
自分で人を刺したり放火しといて、
さも たまたま通りすがったように振る舞い、
発見者になって注目浴びたりするの。
これもまた、以前に触れたかもですが、
幕府は、支配下に置いた各藩が、
何かしら力をつけないようにというのを常に警戒しており。
経済的な無理難題を押しつけたり、
何か失態はしでかしてないかと、鵜の目鷹の目で粗探ししていたそうで。
何だったら起こさせちゃえと、
最初から割れてる壷を拝領品だと仰々しくも運び入れ。
衆目の中で荷物をほどき、何とこの扱いはどういうことですかと、
恥をかかせたその上で、
ひどいときは断絶並みの仕打ちもしたとかどうとか、
時代劇で見たことがありますが。(おいおい、実証は?)

 “選りにも選って、
  送り込まれてる俺でさえ、
  そっちの取り締まりのほうで忙しいってどうよ。”

お店の中で繰り広げられている、
和気あいあいとした会話を聞きながら。
その軒下で、
ちょっぴり湿ったまんじゅう笠の顎紐をほどきつつ、
何ともなあと感慨深くなってるお人が、これありて。
ほんの昨日の晩も、
抜け荷の中継地として目をつけたものか、
遠い沖合からこの藩の御領地内の入り江へと小舟を着けた輩があったのへ。
小舟と言っても菱垣廻船ほどにはしっかとしていた荷役船、
乗組員にも海賊ばりの屈強なのが多数いたのへ
こちとら大太刀提げた身の単独行にて躍り込み。
元々からして、返り討ちに遭ったとて報告もされない隠密稼業。
孤立無援はいつものことよと、むしろ大胆なる一気呵成。
双腕に握った太刀それぞれを、
月影の下での舞いもかくやとぶん回すと。
左右から突っ込んで来る賊ら、
弾き飛ばすよに切り伏せて、船端という高みへ駆け上がり。
止め絵のようにくっきり中空へ跳ねた悪鬼の姿、
飾るように周囲へとばら撒かれ、
甲板に鉄の香をはらんで飛び散ったは。
打ちつける大潮の波濤か、はたまた賊らの流した血しぶきか。
自身がまとう墨染めの雲水装束よろしく、
月光の浮かび上がらせる褪めた白と、
夜陰に塗り潰された漆黒とがまだらに織り成す影絵の中で、
殺気ばかりが冴え冴えと満ちた捕物芝居を、
こちらも人知れずやっつけたばかりのお坊様。
ご褒美というわけじゃあなかったが、
藩へと汚名を着せられるところだったの、防いでくれてありがとうと、
黒髪の女御さんから小判を数枚ほど都合してもらったばかりだったので。

 “うんうん、何でも奢ってやれそうだ。”

何とも和んだお顔になって、
ふふと ほくそ笑んでおいでだったりし。

  世の中にゃあ いろんな物差しの“大変”や
  いろんな甘さの“癒し”があるもんです、と。

坊様の足元と、今はまだ明るいお空を映して、
少し大きめの水たまりが鏡みたいに光ったそこへ、
どこからか翔って来たツバメが掠めるように飛んでった、
緑の季節のとある昼下がりでござったそうな。






    〜Fine〜  13.05.30.


  *梅雨を前にしてもそれとは関係なさそうな案配で、
   それぞれにお忙しい皆様なようですね。
   市中の平和を守るため、
   はたまた親分さんにほのぼのした手柄だけを取らせるため、
   お互いに(ん?)頑張ってほしいものです。

  *実は…ちょっと大きめのネタというか、
   久々に長いめの捕物噺をと思っていたのです。
   ご城下に謎の怪盗が現れて、
   ルフィさんたちはおろか、
   ゾロさんやロビンさんまでもが翻弄される。
   …どういう順番かはお気になさらず。
   (決して、頼りになる人ほど後だという訳では…)笑
   さては能力者か、しかもどうやら一人二人じゃ無いようだと、
   グランド・ジパング藩内に緊張が走るのだが、

   「女盗賊団“九蛇”の頭目といや、
    幕府からの手配書が出ているほどの大物だ。」

   「捕り方が石になるほどの絶世の美女、
    おろちのハンコックとか言って…。」

   「それって…。」
   「う〜ん。」

  もうお判りですね?
  はっきり言って、
  これ以上の“出オチ”はありません。
(笑)
  どれほど劇的に対決しようとも、
  結果、ルフィ親分の男らしさへメロメロになってしまうというオチが、
  どう遠回りしても ど〜んな〜に困難でも
  きっとそこへ落着すること請け合い。(特にウチでは・大笑)
  なので、残念ながら没となったのでありました。

  さあ皆さんご一緒にvv

   か〜な〜ら〜ず、最後に愛は勝つ〜〜♪(こらこら)


感想はこちらvv めるふぉvv

 感想はこちらvv

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